孤独な弧度法

ブログのタイトルは完全に語感だけで決めました。そこそこ良いブログ名だと自分では思っています。

文系男子の歯学部受験日記 【ブックオフ珍書発掘隊 その3】

ブックオフ珍書発掘隊!!

 

 

『下克上』という言葉は、今も昔も我々庶民の心を掴んで離さない。

特に受験産業においては毎年のように、下克上によって毎年のように難関大学に合格した元落ちこぼれなどのエピソードが蔓延している。

 

出版界においても、このような大逆転をテーマにした書籍は無数に存在する。

 

近年だと偏差値43のギャルが慶應大学に逆転合格したという『ビリギャル』や、中卒の両親が娘を難関私立中学に受験させる『下克上受験』などが実写ドラマや映画になって人気を博している。

 

落ちこぼれが一念発起して難関校に合格し、エリートたちの階級に殴り込むという構図に我々のような一般市民は魅了されるものなのだろう。

そのような受験した記録をつづった輝かしい書籍の山の一番下に埋もれていた、誰も手に取らないような最後の一冊こそが、今回紹介する1冊である。

 

 

 

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文系男子の歯学部受験日記/伊崎一広 著

文芸社

2017年10月15日発売

購入価格:200円(定価1100円+税)

 

 

 

珍書度:★

内容のまとも度:★★★★

おすすめ度:★★

医学部じゃねえのかよ度:★★★★★

本当に誰も読んでない度:★★★★★★★★★★★★★★

 

 

本発掘録の目次:

 

1. なぜ本書を選んだか?

昔から持て囃されている、逆転合格と呼ばれるジャンルはもはや『出尽くした』のかもしれない。

偏差値43のギャルが慶應大学に合格、札付きの不良が一念発起して大学受験して予備校講師に、校内有数の落ちこぼれが東大/京大/医学部etcに……。

身の回りにも、テレビでも、出版界でも、Twitterでも、四谷学院のCMでも、毎年のようにその手のエピソードが溢れ返り、消費され続けている。きっと出版界にもこのよな受験の物語は沢山あるのだろうが、第一線以外は一生日の目も見ず、誰の目にも触れられることがないだろう。

 

そのような強固な軍勢がひしめく受験体験記界において、本書のようなただの『文系男子』が『歯学部』に合格するという受験記なんてありふれてパンチが弱すぎて、どうでもよすぎて、きっと誰も読まないだろう。だから、手に取った。

 

 

 

2.書評

2.1 本書の概要

まず初めに、本書は2017年に発売された本だが、昭和55年(1980年)~昭和57年(1982年)当時の受験体験記である。まずその点を理解して読むべきである。

文章の言い回しなどもどことなく時代を感じるし、両国予備校(wikipedia見たら結構面白いです)や一橋学院模試など今は時代に淘汰されてお亡くなりになった塾や模試などが登場する。

 

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↑かつて栄光を誇った医歯薬専門の両国予備校河合塾などの競走に敗れ淘汰されたらしい。盛者必衰の理は受験界にも存在する……。

 

そして、本書の内容であるが本当にただの埼玉在住の男子高校生の日記である。

面白くなるように物語調に脚色されたりはしていない。ただ、文系科目の成績のよい高校生が歯学部のある大学を受験して、結果が出るまでの一年半をつらつらと書き連ねた日記である。

悪友やいい雰囲気になった女子高生などの話、受験に関する話が色々出てくるが、あくまで日記なのでその記述も断片的である。

 

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↑実に軽いノリで歯学部を目指した受験生活が始まる訳だが、実際大多数の高校生はこんな感じで大学受験するので嘘偽りはないと言えるかもしれない。

 

 

 

ネタバレになってしまうが肝心の受験結果はどうだったかというと、とりとめのない話が続いて途中で国立大歯学部から私立専願に変えて、第二志望の私立大に受かって終わりである。

 話の中にヤマやオチは一切なく、ただ粛々と受験までの日々が散文として書き綴られている。なぜならこれはあくまで日記だから。

本書で綴られる受験期の感情の揺れ動きに共感を覚える人はいるだろうが、取り立てて面白いと感じる人はいないだろう。

 

 

 

2.2 本当に誰も読んでいなかった一冊

珍書を探す過程で、本当に誰も読んでいない本を発見してしまったのかもしれない。

 

インターネットで本書のタイトルを検索してみても、Amazonを始めとするあらゆる通販サイト、ブログ、SNSに本書のレビューや感想は一切存在しない。そして、これからも誰も書くこともないだろう。私が最初で最後の一人になるかもしれない。

せめて、作者が本書を出版した思いや作中に登場した人物の話の後日談などが知れればもう少し何か感情を抱くことがあったのかもしれないが、この本には前書きと後書きがないので何もわからない。

 

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↑本書の最後には殺風景な受験結果のみが述べられている。ある意味、こういう表記こそが大学受験の『リアル』かもしれない。

 

ただ、受験が終わったところで本当に突然日記は終わりである。後書きなどで本書を出版した著者の意図などが伝えられることがなく投げ出されるため、読み終わった後はただただ「他人の日記を盗み読みした人」になってしまう。

 

そして私立大学の歯学部に合格した後、『文系男子』は歯科医になれたのか。その答えも分からない。

下に示すようにプロフィールに書かれているのは、著者の生まれ年と出身県だけだからである。

 

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親戚のおじさんの若かりし頃の日記を覗き見て、何とも言えない気持ちになる……と喩えるのが、本書の読了後の感情に近い。

 

 

3. 総評

著者自身の経歴の謎さや、内容の素人っぽさ、需要のなさなどを踏まえて恐らく本書は自費出版で執筆されたものと思われ、そもそもの流通量自体が少ないと思われる。

本書を読んでいるとまだファミコンすら発売されていない80年代初期の受験生の雰囲気や当時の文化は何となく伝わってくる。それが本書の重要なところであり、読む価値と言える部分ではないだろうか。

歯学部受験に向けてのモチベーションを上げるためや、受験体験記としてのカタルシスを得るために本書を求めてはいけない。

 

 

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読み終わってから気付いたが、本書はどうやらkindleの読み放題の対象のようだ。いないとは思うが、もしも本書に興味がわいた方がいたら無料で読める可能性があることを提示しておく。

普通ならkindleの読み放題コンテンツのラインナップの中に本書が紛れていることに気付いても、絶対に読まなかっただろう。その意味でも、ブックオフでの珍書発掘作業は着実に人生の貴重な時間を無駄遣いさせてくれる。

このまま珍書を発掘し続けた先に何があるのか、ひき続き調査を進めていきたい次第である。

 

 

 

To Be Continued...