孤独な弧度法

ブログのタイトルは完全に語感だけで決めました。そこそこ良いブログ名だと自分では思っています。

なぜ彼女が帳簿の右に売上と書いたら世界が変わったのか? 【ブックオフ珍書発掘隊 その5】

ブックオフ珍書発掘隊!!

 

 

ブックオフ珍書発掘隊も早いものでもう5回目である。

今まで取り上げてきた書籍を振り返ると、どうにも『華』がない。何というか、男臭い書籍が多い気がする。

 

そこで今回は、有名アイドルが携わった書籍で興味を惹かれる一冊を見つけたのでそちらの発掘を敢行した。

有名アイドルが携わった珍書を題材として取り上げることによって、ブックオフの珍書発掘が『苦行』ではないことを本ブログの読者にアピールしたいところである。

 

 

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 なぜ彼女が帳簿の右に売上と書いたら世界が変わったのか?/衛藤美彩、澤昭人 著

PHP研究所

2016年8月25日発売

購入価格:210円(定価1,400円+税)

 

 

 

珍書度:★★★

内容のまとも度:★★★★★

おすすめ度:★★★★

衛藤美彩腹黒度:★★★★★★★★★★★

打ち切り度:★★★★★

 

本発掘録の目次:

 

 

1. なぜ本書を選んだか?

有名アイドルグループのメンバーが関わった著作は世に沢山出ている。

特に秋元康がプロデュースしているアイドルというのは世間への知名度に加えてメディアで絶大な影響力があることもあり、単純なエンタメ関係の書籍のみならず様々な業界に進出して、様々なコラボ書籍を売り出している。

 

本書は乃木坂46の人気メンバー(2020年6月現在既に卒業済み)衛藤美彩が、公認会計士である澤昭人氏と共同で執筆した物語である。衛藤美彩が簿記資格を持っていることから白羽の矢が立ったようだ。

簿記・財務会計の核心部分の仕組みが本書を読み進めることで理解できるらしい。

 

私は全く簿記会計に関する知識はないので、実際に簿記会計に関して要点を理解できるかどうかの期待も込めて選定した。

 

 

 

2. 書評

2.1 本書の概要

本書を読むメリットは、物語を通して簿記会計の仕組みについて学べる点にあると思われる。

そしてジャンルとしては一応小説ではあるが、ほとんどが登場人物の台詞によって成り立っており情景描写は非常に少ないためどちらかと言えば台本に近い印象を受けた。

 

物語のあらすじを大まかに説明すると、乃木坂46衛藤美彩が簿記に関する書籍の企画の打ち合わせ途中に突然気を失い、『複式簿記』が存在しないパラレルワールドに迷い込んでしまったというところから始まる。

パラレルワールドでは複式簿記がないせいで工業化による発展がなく、日本は平成になっても明治時代初期のような古き良き時代で止まっているという設定である。

その中で衛藤美彩は意識だけがパラレルワールド衛藤美彩に入り込んでしまい、『複式簿記』の知識を使ってどんどん成り上がり日本の経済の仕組みを影響を与えていくというスケールのでかい話になっている。

 

帯に書かれたキャッチコピーではSF仕立ての実用会計ノベルなどと歌われているが、その内容は俺TUEEEE系の異世界転生モノに近い雰囲気がある。

異世界転生モノと異なっているのは、『衛藤美彩』という実在するアイドルが主役であるため、物語中で見た目をヨイショされまくったり色んな貴族から貢がれまくったりするシーンに嫌な生々しさが伴っているということだ。

 実在の人物をヨイショする創作物語を見るとこういう気持ちになるのか……としか言いようのない何とも言えない気持ちを感じた。さて、そういった印象はまた別として内容としてはどうだったのか。

 

本書の内容について、物語の面白さという観点で2.2節で、簿記会計に関する入門書という観点から2.3節で詳述する。

 

 

2.2 我慢して後半部分まで読めるかどうか

さて、本書の物語の内容についてであるが、正直前半部分はかなりつまらない

物語は衛藤美彩のアルバイト先の経営者が貴族に会計に関する疑惑で訴えられて、その無実を晴らすために衛藤美彩が現世の記憶にあった複式簿記の知識を利用するところから始まる。

しかしながら前半部分の話の展開は、

 

衛藤美彩複式簿記の知識を披露する。

察しのいい貴族が「なるほど!これはすごい!」

衛藤美彩最高!!

 

ほぼこれである。

パラレルワールド複式簿記の知識をただ一人有する衛藤美彩は無双を重ねて、複式の女神などと呼ばれてチヤホヤされながら平民からどんどん成り上がっていくことになる。

前半の200ページくらいが基本ずっとこのようなパターンなので単調で読んでいてしんどい。

そして、後半の布石のためでもあるのだろうが、ひとつの場面に登場するキャラクターの数が多すぎて今誰が喋ってるのかがわかりにくい。この辺りはもう少し絞り込んで会計の説明のみに集中できるような構成にして欲しかったところではある。

 

しかし我慢して後半部分に読むと、急に面白くなってくる。

 

具体的な話はネタバレになってしまうので伏せるが、衛藤美彩らの活躍により複式簿記の有用性が認められ世に広まり、さらに株式会社法が導入され、衛藤美彩は物語の焼酎を醸造する株式会社『乃木ちこ』を設立することになる。複式簿記を広める過程で知り合った賢い教授や有能な貴族などがバックについての設立であり、順風満帆な滑り出しである。

しかしながら、複式簿記と株式会社法の確立により今までなかった規模の資本が集まり、事業の集約化・工業化が進んだ弊害が次々出てくることになる。そして元々仲間だったはずの貴族たちは己が事業の成功と欲望のために様々な謀略を巡らせる。

ここで前半の善人ばかりだと思われていた登場人物のメッキが剥がれて、非常に話が面白くなってくる。

 

本書の登場人物は衛藤美彩も含めて腹黒い人間が非常に多い。

簿記会計を学ぶというテーマであるため様々な会計上の不正例を説明したいからという面もあるだろうが、全くの清廉潔白な人物は本書では一人もいないと言っても過言ではない。そして、そういった人物の腹黒い部分が物語的な面白さであると思う。

こうして話はどんどん面白くなってくるのだが残念ながら物語は打ち切りのように突然終わる。物語の後半部分に次々と起きる人物同士の関係のこじれや会社に起きる問題などは一切解決しない。

物語として見れば夢オチで打ち切りとあまりいい終わり方ではないが、現代社会にも通じる会計上の問題について考えるという意味ではこういうぶつ切りの締め方もありなのかもしれない。いや、やっぱなしだわ。

 

冷静に本書内の登場人物の行ってきた行為や言動を振り返ると、衛藤美彩はクレバーで世渡りが上手いが、結構やることはやってる女として描かれている。本書の物語の構成にどれだけ衛藤美彩本人が携わっていたのかはわからないが、割と衛藤美彩の人物としての特徴はとらえられているのではないだろうか? 

本書が出てから数年後に衛藤美彩はノースキャンダルできっちり乃木坂46を卒業したかと思うと、その直後に野球選手と結婚してファンをバッサリ切った。その部分の是非については特に何も思わないが、彼女のこういう良くも悪くも合理主義で打算的な側面は本書からも感じられる。これは後出しじゃんけんかもしれないが。

 

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衛藤美彩は作中でたまにこんな感じの悟り切った言葉を吐くことがある。なんか言ってんなって感じだが。

 

 

2.3 簿記会計の功罪

 2.2節で本書の前半部分は単調で面白くないと書いた。

だが、内容が面白くないからと言って重要じゃないということではない。

当たり前の話であるが、導入では複式簿記の基本的な記述方法やルールについて解説されている。そのため、株式会社法の成立とともに話が面白くなってくる後半をしっかりと楽しむためには前半部分の解説を頭に入れておく必要がある。

 

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↑本書には時折衛藤美彩の手書きコメントが登場する。理解の助けになるかと言われるとないよりはマシ程度であるが……。

 

私は複式簿記に関する知識はほとんどなく、「みんなが使ってる会計のやり方」くらいのイメージで読み始めたのだが前半部分はとにかく複式簿記のルールとその有用性に慣れてほしいという意図が感じられた。

とにかく複式簿記の『貸方』『借方』という言葉にあまり引っ張られずに資産=負債+資本という原則を元に、合計金額が常に同じになるように記述することによって会計の分かりやすさや因果性が担保されるとなんとなく理解した。

物語の中で様々な会計上の例が出てくるのでこの場合は左に、この場合は右に……と理由と共に分類基準が説明されているのでその部分を適宜参照しながら読んでいくことになった。

 

そして複式簿記の基本的なルールとケーススタディが一通り終わったら後半部分は実際に株式会社が設立して企業の会計に関する話に移っていく。

ここからのトピックは面白いものが多く、同じ取引をしたはずなのに前払い処理の違いにより年度末の決算が異なる場合や、循環取引による架空売上の計上による粉飾決算、そして近代的な会計制度の導入によりもたらされた格差社会などの話も出てくる。

ニュースなどでよく見る「なんとなくヤバいことはわかるのだが何がどうなっているのかはよくわからない」会計上のトピックが色々出てきて、シンプルに役に立つなと感じた。

 

もちろん一読したくらいで会計についての概念がすっきり理解できたとは到底言い難い。正直いまいちピンと来ていない部分も結構残っている。

だが、会計のテキストを読む際に手近に置く副読本としての役割は十分に果たせるのではないだろうか。

 

3. 総評

正直な話、結構面白かった。

そして会計の素人からしたら、なかなかためになる部分も多かった。

 

本書については、とにかく前半部分のかったるさを受け入れられるかが境目になるだろう。簿記会計をやったことがある人なら前半は飛ばし読みでもいいのかもしれない。

 

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本書に収録されている推薦コメント曰く『世界でも初の簿記会計をテーマにしたファンタジックな戯曲』とある。

会計のプロである商学部の教授が言うのだからそうなのかもしれないが、流石にそれはちょっと言いすぎな気はする。簿記会計をテーマにした小説はそんなに少ないのだろうか?

参考文献などを見ると分かるが、本書には有名な古典的な著書のパロディーや引用が結構多いらしい。だが、知識不足で正直どこがそうなのかはあまりよく分からなかった。

 

私自身は乃木坂46自身はそこそこ知っていて、衛藤美彩についてもそれなりに知っていたつもりではあったがこのような1冊の本を通じてまだ見たことのない一面を見せられた気持ちになる。アイドルの書籍とライトノベルはもちろんハズレも多いが奥が深い(経験談)。

 

それでは今週の発掘調査はこんなところで締めようと思う。

 

次週は某有名予備校の有名講師が出した1冊を取り上げる予定でいる。

今までとまた違った毛色の珍書なので、今から発掘調査が楽しみである。

それではまた次週……。

 

 

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To Be Continued...