孤独な弧度法

ブログのタイトルは完全に語感だけで決めました。そこそこ良いブログ名だと自分では思っています。

41歳寿命説 ー死神が快楽社会を抱きしめ出した 【ブックオフ珍書発掘隊 その16】

ブックオフ珍書発掘隊!!

 

 

この世にはあらゆる予言が溢れかえっている。

 

そして、その予言のほとんどは的中せずに忘れ去られる。『予言』と称されるものは殆どがエビデンスに基づかないものだからだ。

現実には何かしらのエビデンスに基づいた予測ですら外れることが多いため(明日の天気を予測することでさえそうだ)、精度の高い、確からしいような予測をすることは現代でもなお残る難題と言っても良いだろう。

今回発掘した珍書は今から30年前の1990年、日本人の寿命に関する大胆な『予言』を行い社会に衝撃を与えた(らしい)1冊である。

30年後の未来に住まう我々は、突拍子のないような予言がどういうメカニズムで生まれているのかを本書を通じて知ることができるのではなかろうか。

 

 

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41歳寿命説 ー死神が快楽社会を抱きしめ出した/著:西丸震哉

情報センター出版局

1990年7月1日発売

購入価格:110円(定価:910円)

 

 

珍書度:★★★★★★★★★

内容のまとも度:★

おすすめ度:★

『ソース』かかってない度:★★★★★★★★

今だったら問題発言度:★★★★★★★★★★★★★★

 

 目次:

 

 

1. なぜ本書を選んだか?

最近はめっきり自分がブックオフ珍書発掘隊であるという自覚がついてきて、旅先に出ていても近くにブックオフがないかを探し、珍書を探索するようになってきている。とうとう頭がおかしくなっているのかもしれない。

本書は埼玉県の奥地秩父の古ぼけたブックオフで発掘した一冊である。

 

日本人の寿命が41歳になってしまうというセンセーショナルなタイトルの本書はそのインパクトだけで発掘に十分値するものだった。表紙の絵もよく見ると、可愛らしい鳥さんの心臓に黒い影が迫っているという不吉なデザインになっている。

調べてみると本書は刊行された1990年当時に話題になった一冊らしい。だが、そのころには私は生まれていなかったのでリアルタイムでは知らない。そして2020年現在、このような予言はとっくに人々から忘れ去られている。

さらにこの筆者について調べてみたところ、元々は農林水産省に入省したエリートであり、その後は文筆や音楽などでマルチな才能を発揮し、さらにはあのノストラダムスの大予言の映画のアドバイザーをしていたという。色々な面ですごい人物と言えるだろう。

 

さて、現在日本人の平均寿命は伸び続ける一方であり、少子高齢化に歯止めがかからなくなって久しい。本書で提案した41歳寿命説は完全に外れてしまっている。

筆者がなぜこのような大胆すぎる予言に至ったのか、それはなぜ外れてしまったのか、そこら辺を本書を通して読み解いていければと思い本書を発掘することに決めた。

仮にも官僚まで務めた経験のある筆者の日本人に対する切なるメッセージの真意に迫りたいところである。

 

 

2. 書評

2.1 本書の概要

本書の大きなメッセージは、『飽食化が進んだ日本人の健康状態には今後次々と悪影響が生じ、昭和34年生まれ以降の若者の平均寿命は41歳にまで減少してしまう』というものである。

 

本書は大きく5つの章で構成されている。

第1章に日本人は短命化していくというメッセージ、2章と3章ではなぜ今後日本人の寿命が短くなっていくのかを食生活の観点と環境の観点から論じ、4章では筆者が編み出した食生態学に基づいて平均寿命が41歳になる理由を述べ、そして最後の5章では短命化を避けるためにはどのようにすればよいかの対策について語られている。

 

ざっくり本書の要点を搔い摘むと食物の栄養素のみを考えるのではなく食べる存在である人間やその歴史的背景を考える『食生態学』という新たな学問を筆者は創設し、その総合的な検討から予測される結果が日本人の寿命が41歳まで縮んでいくというものである。

1990年当時でも平均寿命の伸びはデータとして出ていたわけだが、筆者曰く『昔は死んでいた乳幼児や従来なら死ぬべきような病弱者が生き延びるようになったからそのように見えるだけ』『今後は虚弱な日本人はどんどん死んでいくから寿命は下がる』とのことである。

 

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↑傾向で見れば当時から明らかに平均寿命は伸びているのだが、筆者は頑なにその事実は見せかけだと否定している。

 

このような論理展開はともすれば選民思想さえ匂わせるかなり過激な理論である。

そしてそれゆえ読み手に危機感を植え付けるものであることも事実であろう。

まだまだ日本経済が元気だった1990年当時に刊行された本書の中で語られている短命化の警鐘は非常にショッキングなものだったと考えられる。

 

……しかしながらその予言は、どれほど的中したのだろうか?

 

 

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引用

平均寿命は女性87.45歳、男性81.41歳でともに過去最高 : 女性の過半数が90歳まで生きる | nippon.com

 

 

なお厚生労働省によると、2020年現在の日本人の平均寿命は女性が87.45歳、男性が81.41歳でありこの本が刊行された頃の平均寿命より5歳以上も伸びている。

つまり、30年後の現在、筆者の主張とは真逆の現象が起きているわけである。栄養の充足・医学の発展等により日本人はより頑丈に、そして長寿になっている。

 

それでは本書の内容にはどこに問題があったのか?

以下の節では、

 

  • 根拠のない主張を強く言い過ぎ
  • 発言がやたらに過激すぎ

 

 という本書の大きな二つの問題について取り上げる。

 

 

 

2.2 ソースがかかってないから主張に味がない

本書の一番の問題点としては発言内容にほとんどソースがないことである。

基本的に発言には根拠がないか、あっても厚生労働省などのデータを引っ張ってきてそれをいじって都合のいい形に変形したものである

例として、本書の核心となる『41歳という数字はどこから出てきたか?』という点について取り上げる。

 

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↑57年に65年の生存率を予測したグラフと、64年に75年の生存率を予測したグラフとそのズレらしい。これによれば若年層の生存率が有意に下がっているとあるが、どう考えてもたった2個だけのデータでは何も言えないだろう。

 

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↑そしてそのような生存率が続くと仮定した場合、将来的な寿命は41歳になる……らしい。飛躍が激しすぎてちょっとついていけない。

 

 

数少ないデータをいじくって、傾向が現れたからこれは寿命減少のサインだ!と宣言している。さすがにこのデータからは何も言えないだろ……と突っ込まずにはいられない。もっとデータ数を沢山とって(上図の手法でも条件をそろえれば十年分ほどは少なくとも出せるはず)このバラつきが必然なのかどうかを統計学的に分析する必要があるだろ、と素人の私でも感じてしまう。

厚生労働省が出している平均寿命のデータは誤りだと豪語しているのに、自分自身が薄いデータをいじくって出た傾向を元に自論を展開していることに違和感は感じなかったのだろうか?

 

 

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↑平均寿命が一時的に少し減少したタイミングを「それ見たことか!」と言わんばかりに筆者は日本人の寿命が減少していく サインだと主張している。自説が正しいと言えそうなデータが来るまで毎年ワクワクしながら待っていたのかと思うと微笑ましい。

 

 

他には筆者は大昔に長生きする人が多かった『長寿村』の条件として以下のものを上げている。

 

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この条件を見ると、確かに長生きしそうではある。そして現代の日本人は全てこれらと真逆の条件で活きており、短命化は避けられないとのことである。

だが、そうなるメカニズムについては一切根拠は示されていない。流石に1990年当時にもこのような人類の健康問題について考える学者は沢山いただろうし、様々な説が検討されていたはずだが、一切筆者以外のその他の人々の主張は取り上げられていない。枝葉の部分ではデータが示されることはあるが、本書の核心部分の主張を支えるデータがあまりにも薄すぎる。

 

結局のところ、本書はおっちゃんが偏見に基づいて「今どきの若者は~」と説教を垂れているのと質的には変わらないものとなってしまっている。

義務教育をしっかり受けた日本の若者は、残念ながらエビデンスの薄い極端な内容の主張には納得してくれない。

 

 

 

2.3 今なら発禁不可避の過激発言

本書を読んでいると、非常に筆者の表現が過激であることがひしひしと感じられる。『2020年にこの本が発売されていたらバッシングを浴びて発禁も有り得るかもな……』と思ってしまうほどだ。

 

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まずはじめに、飽食により様々な栄養を取りすぎている現代人の状態を筆者は『薄いガス室に包まれた状態』と形容している。言わずもがな、ドイツで昔起こったナチス人の大虐殺になぞらえた表現である。

 

若者が軟弱であることに対する揶揄も相当なもので、具体的なエビデンスを示さずによくここまで強く言えるなと感心してしまうレベルである。

 

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↑直訳すると「ワシらの若い頃は~」という話です。 

 

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 ↑暖房や冷房は人間の体温調節機能を弱め軟弱にするという話である。例の如くソースはない。

 

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↑本書には無駄に危機感を煽るイラストが多い。一つ一つの要因は確かに人体に害悪になるかもしれないが、その影響の程度については慎重になるべきだろう。

 

 他にも現代で言うところの差別ワードがバンバン飛び交っていて一種気持ちよさを感じる。

もちろん今から30年前という時代背景も考える必要はあるが、それを加味しても本書は偏屈なお年寄りの妄言と言われてしまってもしょうがいないレベルの内容ではあると思う。

本書全体を通してむやみやたらに強い口調で様々なものに噛みついているのは、社会全体に対する警鐘を鳴らすためという意味もあるだろうがそれ以上に納得させる根拠が足りなかったからでは?と邪推してしまう。

 

若者のカルシウム不足による骨の脆弱化など、部分的には実際に昔問題になっていた問題も取り上げられている。また、食生活を考える上で風土的・体質的な部分をしっかり考えるべきだという意見そのものは間違っていないだろう。

だが、本書は『現代人の食生活は危ない』という筆者の主張が大前提にあって、その主張を何とか聞いてもらうために内容を誇張し過ぎているように見受けられる。

食生活の悪化により日本人の寿命が劇的に縮まるという恐ろしい仮説を主張したくば、まずは実際に検証を行い統計学的なエビデンスに基づいて主張できる範囲の仮説から展開していけば良かったのではなかろうか。

本書の30年後の未来から来た一読者である私が言うのはいささか卑怯ではあるが、筆者の不用意なまでにケンカ腰の過激な発言を見るたびにそう思わずにはいられなかった。

 

 

 

3. 総評

本書が警鐘しようとしていたメッセージは部分的には納得できるものもある。

しかし内容を紐解いていくと、一つ一つの主張にソースが存在しない。内容に裏付けがなく、一切味のしない主張ばかりになっている。それは筆者が昔の日本人の食生活を至上とする自然主義だからという理由だけでは済まされないだろう。

 

平成を超えて令和になった現在にもバランスを考えずに暴食をする現代人は沢山いるし、肥満児だって大昔では考えられないほど増えているのは事実だ。この頃には成人病と呼ばれていた病は今では生活習慣病と改名され、子供でも発症することがある。こういう意味で昔では考えられなかった不健康な人間は筆者の主張通り沢山発生している。ストレスや偏食でぽっくり死んでしまう人間もたくさんいるだろう。

だが、全体としては経済の発展による栄養の充足化、そしてそれ以上に医学および栄養学の発展によって、より健康的に生きていくためには何が必要か?そして病気にかかった時にはどうすればよいか?という部分の対応についても昔より圧倒的に恵まれている。そして日本人の平均寿命は男女ともに刊行当時より5歳以上も伸びたのが現実である。

 

飽食により人間の身体はどんどん弱りやがて寿命は短くなると筆者の主張を裏付けるデータは存在せず、そして現実にその予言はかすりもせずに歴史の中で淘汰されてしまった。

今後もっと長いスパンで見ればもしかしたら日本人の寿命が短くなっていく可能性も大いにありうるだろう。だが、その原因が食生活のみにあるとは限らないし、どちらかと言えば社会保障の改悪や医療崩壊でそうなってしまう可能性の方がよっぽど現実的ではなかろうか。

 

当たり前だと思っている物事について疑問を持つことはいいことである。

だが、その疑問を妄想と呼ばれる領域にまで広げ、裏付けのない過激な主張を声高に叫ぶようになる前に冷静にもう一度自分を振り返る必要がある。

『世間はみんな間違っているけど俺は正しい』ことなんて、そうそうあるものではないのだから。

 

それではまた次週……。

 

 

 

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