孤独な弧度法

ブログのタイトルは完全に語感だけで決めました。そこそこ良いブログ名だと自分では思っています。

土地の神話 【ブックオフ珍書発掘隊 その4】

ブックオフ珍書発掘隊!!

 

 

ブックオフで様々な本を眺めていると、不意に意外な有名人が書いた著書が目に入ることがある。それは何も『芸能』コーナーに書かれている芸能人の自伝だけではなくて、様々なコーナーに置かれているものである。

珍書探しを一旦休んで、何となく歴史関係の著書のコーナーを眺めていると厳ついタイトルで分厚い著書が目についた。何となくそれを手に取って著者名をよく見てみると、有名な政治家によって書かれていたものであることに気づいた。今回の珍書はそのような経緯で読むことになった1冊である。

 

 

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土地の神話/猪瀬直樹

1988年発売

購入価格:200円(定価1,440円)

 

 

 

珍書度:★★★

内容のまとも度:★★★★★

おすすめ度:★★★

読むのしんどい度:★★★★★★★★★

昔の日本めちゃくちゃ度:★★★★★★

 

 

本発掘録の目次:

 

 

 

1. なぜ本書を選んだか?

ブックオフの中で本書を手に取ったのは何となく厳つくて分厚くていかにも読みにくくて敷居の高そうな本だったからだ。そして著者が前東京都知事猪瀬直樹氏であることに気付いた。

 

考えてみると、自分は東京で一時知事をしていた猪瀬直樹という人間がどんな人間か全く知らなかったことに気付く。猪瀬直樹の前に知事をしていた石原慎太郎や後任の舛添要一、そして現在の小池百合子と比較して、私は本当に猪瀬直樹の印象が薄い上に何も分かっていないことに気付いた。

猪瀬直樹といったら、小さいカバンに5000万円が入るか入らないかでコントをしていた印象しかない。

 

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そして、この『土地の神話』という物々しいタイトルの本にしても、パラパラ捲ってみてもどんな内容の本なのか今一つよくわからない。なんか難しそうなことがページにぎっしりと書かれている。ざっと見ると400ページ近くもある。科学関係の著書なら割とこれくらいの分量でも読めるのだが、人文書は馴染みがないから敷居が高く感じてしまう。

しかしながら目の前にこんなにもぽっかりと空いた自分の知識の穴が見えている。ならば、その穴に飛び込んでみるしかない。

こうして私は200円を握り締めてブックオフのレジへと向かったのであった。

 

 

2. 書評

2.1 本書の概要

本書は『田園都市』をキーワードに、大正時代から戦後にかけての東京の不動産、鉄道網、電力などの総合的な都市開発に関する歴史を紐解いた一冊である。

本書は大きく分けて三部に分かれている。

一部はかの有名な事業家渋沢栄一の息子である渋沢秀雄を中心に東京の都市開発に関して、二部では昭和期にはいった後の東急電鉄の経営者五島慶太を中心に東京近辺の鉄道・交通網の開発と熾烈な競争について、そして三部では田園都市のモデルとなったイギリスのレッチワースなどの開発の歴史について語った後に東京とイギリスの田園都市の発展の違いについて記述されている。

 

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本書を開くと、カバー裏に刊行当時の東京の風景が広がっている。

緑と無秩序な建物が組み合わさった歪な東京の景色。

 

その成り立ちには理想と現実、ギトギトした思惑や利権が絡み合ったドラマが繰り広げられていた。本書を読んで東京のごった返す街並みを見ると、いつもと違った景色が見えるのかもしれない。

 

2.2 ボンボン息子の渋沢秀雄と強盗五島慶太

本書には東京近辺の都市開発という非常にスケールの大きいテーマを取り扱っている都合上極めて多数の登場人物が現れ、様々な出来事が複雑に絡み合っているためその全容を紹介することは短いブログではとてもできそうにない。

そのため、広大な本書のほんの一部分のかいつまんだ記述になることをご容赦願いたい。

 

ことの発端は、大正時代に渋沢栄一ら財界の有力者が合同出資で設立した田園都市株式会社から始まる。ロンドンの近郊にある田園都市レッチワース。都心部を緑で取り囲む理想の都市を日本でも作ろうというモチベーションで会社が生まれた。

田園都市を日本で体現しようとしたのは渋沢栄一の四男である「小渋沢」渋沢秀雄であった。

渋沢秀雄は典型的な金持ちのボンボン息子といった風情である。

大学卒業後就職した銀行をすぐに辞めて、父親らが設立した田園都市株式会社の取締役になる。そして親父のポケットマネーで海外の都市の視察に行き、そこで自然と都市が共存する田園都市に感銘を受けて日本に帰り、理想を胸に都市開発を目指す。こいつは甘やかされてて正直いけ好かない

田園都市株式会社の経営陣は財界では有名な人物が集まっており、鉄道敷設権を有する子会社を持っていたのだが、鉄道や都市開発に関しては素人ばかりで計画はなかなか進行しない。そこで助言を求めたのは現在の阪急電鉄に当たる会社で関西の都市開発に先んじて成功していた小林一三であり、彼が実行力のない田園都市株式会社の経営陣を見て推薦したのが、武蔵電鉄の五島慶太という男であった。

行動力のある五島慶太の加入や関東大震災による郊外の土地需要の高まりなどによって、田園都市株式会社は鉄道と分譲地販売を軸に郊外の都市作りとともにみるみる成長していく。

渋沢秀雄は自ら田園都市に「電気ホーム」と呼ばれる電化製品の揃った家を作り、当時はまだ珍しかった電気を利用する未来の社会(今では当たり前だが)のイメージを市民にアピールしていった。その他にも田園都市に遊園地を建てようとしてお役人と揉めたり色々苦労をしたようだ。

郊外に住んで平日は都心部へ、休日はレジャー施設へと電車で出かける仕組みを東京に作り上げたのは田園都市株式会社と言って過言はないだろう。

しかしその裏では関東大震災後のどさくさに東工大と土地交換の取引を行い、得た土地を政府の復興局に高額で売り渡してその利益を不当に着服するなどの陰謀が働いていた。

 

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↑一連の事件の責任は田園都市会社幹部社員の河野通一人にかぶせられる形になった。「こんなのは嘘だ」という台詞が悲しい。

 

 

そうして表と裏の顔を上手く使い分けながら田園都市株式会社は順調に成長を続けるのだが、やがて分譲地の大部分が売れてしまい役割を終えたという理由で(ここら辺色々入り組んでいるのだが)子会社の五島慶太率いる目黒蒲田電鉄(後の東急電鉄)が田園都市株式会社を吸収する形となった。

この結果より、都市開発事業から鉄道事業にメインが移っていく。渋沢秀雄は理想としていた都市をカタチにすることができたため、満足して絵画の世界へと移っていった。

 

 

実質的なトップに立った五島慶太は持ち前の強引さと押しの強さを経営面で発揮していく。たとえば東工大との土地転がしで培った技術を活かして次々と大学に土地を寄付し、駅の近くに誘致することによって利用客の拡大を試みたり。

 

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↑路線沿いの大学に関する挿絵。本書には確かに神話っぽい味のある挿絵が所々挿入されている。

 

競合となる他電鉄会社や百貨店を次々と買収し、鉄道網を拡大し周辺に大規模な商業施設を設置し大きな収益が得られるような仕組みを作っていったりした。

あの三越百貨店すら五島に買収される寸前まで行ったというのが恐ろしい。戦前昭和初期ならではのパワフルさと強引さとスケールのでかさである。

 

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↑五島の強引エピソードの一例。他にも印鑑を押した書類を唾で消そうとしたりとかなりめちゃくちゃなエピソードが書かれている。

 

さらに五島は地下鉄事業にも目をつけた。東京地下鉄道の株の買い占めに走り揉めに揉めて、地下鉄側のストライキによって政府が仲介に乗り出すくらいの事態になったりしたが最終的に地下鉄網をも手中に収めた。

 

その後も五島率いる東急は、戦時中に発布された陸上交通事業調整法も追い風となり、小田急や京浜や京王などの名だたる電鉄を次々と吸収して次々と肥大化していく。が、敗戦を機に状況が一変し解体させられてしまう。

この時にはもう五島は60歳を超える老齢となっていたので経営を息子に譲って裏から指示する役回りに回る。

晩年の五島は伊豆への進出を西武電鉄側に阻まれたり、砂糖を製造する会社の買収に走って方々を敵に回したりと大老害っぷりを見せ最期まで強欲であり続けたようだ。

 

本書では大正後期から戦後にかけて、田園都市株式会社の都市開発事業と東急電鉄の多角的な事業拡大を通して東京という都市が拓かれていく様子がありありと書かれていた。

 

ロンドン近郊の田園都市が、都心部の周辺に緑で囲んだ理論通りの都市になっているのに対し、東京は緑を中心に都市が囲んでいるような逆の構造になっている。当初はロンドン近郊の田園都市を理想として開発されていた東京の田園都市は、様々な思惑が絡み合った結果、全く異なる都市形態となってしまった。

ロンドンの田園都市の成り立ちと歴史、そしてロンドンと東京の田園都市の違いはなぜ生じたかについては本書の第三部からエピローグで詳しく考察されている。興味のある方は読んで確かめてほしい。 

 

3. 総評

分厚く、内容もなかなか重たく、登場人物も多く、時系列も少し入り組んでいて読んでいて非常に疲れる本だった。

しかしながら読まなくてよかったかと聞かれると、まあ読んでよかったかなとも思ってしまう。

読者を容赦なく振るい落とすタイプの骨太な本ゆえに読み応えは十分にあるし、近代の東京の街並みの発展史としてなかなか貴重な資料なのではないのかと思う。まさしく本当に古書を発掘した達成感に包まれている。

歴史関係の著作に明るい人はきっと読んで損はないだろうし、私が読んで気づかなかった部分や、誤りや矛盾に気付くかもしれない。

猪瀬直樹氏は日本政治思想史を専攻していたらしく、このような日本近代史に基づく著書を多数出しているようだ。5000万円が入るか入らないかや、エロ漫画の規制で揉めてるだけの元都知事のおっさんではなかったのだ(当たり前)。むしろ作家の方が本業だったのだ。全く知らなかった。まあ知れてよかったと思う。

 

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ちなみに本書は『ミカドの肖像』という猪瀬直樹氏のデビュー作と関連があるらしい。併せて読むと、日本の近代都市開発に対する理解がより理解が深まることだろう。

私はこの一冊で疲れたので、たぶんもう読むことはないが……。

 

 

To Be Continued...