そろばんが足りない。
そう、思った。
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2019年の氣志團万博、私が大学生である最後の年の氣志團万博。
その年に、私立恵比寿中学とももいろクローバーZが同じ日に出演することを知った。
同日の他のアーティストもかなり充実している。学生最後の年にして、幸か不幸か私は研究が上手くいっていなくて近い日にある学会の参加を見送っていた。
行くしかない。
久しぶりに、2015年ぶりに、4年ぶりに氣志團万博に行くしかない。
素直にそう思っていた。
2014年と2015年に私は氣志團万博に参加したことがある。2016年はアイドル全般に嫌気がさしていてどこにも行きたくなかったから行かなかった。2017年は研究室の旅行と被って行けなかった。2018年は学会と被って行けなかった。
そして2019年、早いもので初めて氣志團万博に行った時には大学1年生であった私は大学院の修士2年生となっていた。まだまだ幼稚な部分は沢山あるし、理想の大人になれているとはとても思えないが、それでもあのころと比べたらだいぶ成長したと思う。
久しぶりに、ももいろクローバーZが、私立恵比寿中学が、野外のステージで見れる。あの袖ヶ浦の真っ青な空の下で見れる。そう思うとワクワクして逸る気持ちが抑えられなくなって直近1週間くらいは何を食べてもちゃんと味がしなくて氣志團万博のことばかり考えていた。
大学をサボってアイドルばかり見に行っていたあの頃、恥ずかしいことも沢山あったがそんなものを遥かに凌ぐくらい楽しいことが沢山あった。素直にライブというものを毎回毎回心から楽しんでいたと思う。いつの間にか私の中の斜に構えた部分が素直にライブを楽しむことを阻害していたような気がする。
思う存分氣志團万博を楽しみたい。
あの頃、エビ中に行っていた頃、松野莉奈ちゃんを見に行っていた頃、その頃のようにあるいはそれ以上に私はライブを全力で楽しみたかった。
実家に帰った時に、懐かしいグッズとかを漁ってきた。自作のユニフォームや初めて買ったももクロの法被など、商品価値がなくてまんだらけに売れなかったアイドルグッズの残りをとりあえず持ってきた。あといるものはないか?そう考えた時に、
そろばんが足りないと思った。
私が昔、常にサイリウムのごとくライブに持ち歩いていたそろばん。
元々はたこやきレインボーのライブで『あきんどチャチャチャ』という楽曲をやった時に使う手筈であるそろばん(※)。それを私はエビ中を始めとして、あらゆる所に持ち歩いていたのだ。
(※たこやきレインボー自体はなにわのはにわのツアーファイナルで初めて見て一年足らずで飽きて行くのをやめた。あきんどチャチャチャがどんな曲だったかはもうほとんど覚えていない)
そうして実家をくまなく探したが見つからず、両親に『そろばんはどこに?』と訊ねるとおばあちゃんが来て掃除した時に捨ててしまったとのこと。
俺のそろばんが……。
俺の魂が……。
捨てられてしまった。
漫画『ピンポン』で焼却炉でペコがラケットを燃やすシーンを思い出した。卓球をやっていたペコの『相棒』はラケット、アイドルオタクをやっていた俺はそろばん。俺の相棒は成仏したのだろうか。
ともあれ、もう一度現場に立ち戻るためには新しい相棒を、魂を見つけなければならない。それが俺が氣志團万博に行くということそのものなのだから。
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2019/9/15にある氣志團万博のDAY2に備えて、私は前日に東京入りした。元々特に予定はなかったので、そろばんを購入するためにある場所を訪れていた。その場所は……
そう、浅草である。
なぜ浅草に?
その理由は、この場所に東京で唯一のそろばん専門店が存在するからである。東急ハンズとかAmazonで探せばサクッとそろばんが買えてしまう訳だが、それでは意味がない。キチンとしっかり現物を見比べて自分が納得できるものを選び取らねば意味がないのだ。
というわけでやってきた。こちらがそろばん専門店、山木そろばん店である。店の外にはでかいそろばんが飾られていてまさしくこの店が日本の珠算のメッカであることを感じさせる。オーラが違う。そろばんを計算で使ったことがなく、小学校の時におはじきで足し算をやったくらいがせいぜいの私にもその『歴史』が感じられた。
店内は撮影禁止っぽかったので、写真はない。店主の方に27桁のそろばんは置いていないか尋ねることに。23桁のそろばんでは獲物として、あまりにも短すぎるからだ。男の獲物は太く長くが基本だろ?
そうして4種類ほどのそろばんを『ご破算』して音と手触りを見て相棒を選出する。さすがはそろばん専門店、打てば響く上質な音色……このそろばんの音は氣志團万博の爆音と炎天下の下に一時の冷涼を必ずや届けてくれるだろう。そうして私は選んだ。
出雲の特産そろばん。値段はおよそ1万円でした。相棒を買うのに金を渋る理由は一切ないので気持ちよく現金一括支払いし、店外へ。
余談だがこのそろばん、現在生産が終了しているらしく店内で置いてある現品限り最後の1品だったそう。まさしく、そろばんを操るこの俺と出逢うべくして出逢ったかのような運命を感じる。
上質な木を使った高級そろばん。その音色は日本人のDNAに根付いた馴染み深いものだった。
そろばんを購入するのに1万円を使ってしまい、来月までの生活が苦しくなることは確定したが全く後悔はない。これが俺の魂なのだから。
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2019/09/15。氣志團万博DAY2当日。
前日の予報をひっくり返すような晴天の中、袖ヶ浦駅にやってきた。
鞄の中に入っているそろばんは『早く俺をここから出せ……暴れさせろ……』と言わんばかりにジャラ……ジャラ……と歩く際の振動に合わせて小刻みに音を奏でている。
逸る気持ちを抑えて、バスに乗りこみようやく辿り着いたのは袖ヶ浦海浜公園。
到着した時には丁度、ゴールデンボンバーが女々しくて歌ってました。
そしてまずはメインステージのももいろクローバーZ。
セットリストは……
M1 Nightmare Before Catharsis
M4 鋼の意志
M5 ツヨクツヨク(mihimaru GT カバー)
M6 行くぜっ!怪盗少女
冷静に見返してみたらおよそフェスのセトリは思えない渋さです。
でも、楽しかった。
鋼の意志とかめっちゃ久しぶりに聴いたし……2014年上半期にやたらごり押しされて嫌われていたあの曲がまさか2019年の夏に帰ってくるとは思いませんでした。ココ☆ナツと怪盗少女で全員で暴れまわれただけでも値打ちモノです。かの有名な一番先生ともまみえることができましたし。そろばんを二回くらい投げた記憶がありますが、優しいのでちゃんと手元に戻ってきました。ありがとう氣志團万博の皆さん。
その後、一時間ほどの休憩(この間も10-FEETとかありましたが、アイドルの曲以外ろくに知らないので待機していました)。
サブステージに移り、いよいよ私立恵比寿中学です。
大学生活がほとんどそっくりそのままアイドルオタクだったと言ってもいい私ですが、エビ中には格別な思い入れがあります。CDを100枚以上買ってるのはエビ中だけだし、全国各地へライブに握手会に飛び回ったのもエビ中がメインでした。東京だけじゃない全国各地にエビ中の思い出があります。
もちろんこの袖ヶ浦にも、氣志團万博という思い出が染みついています。4年というあまりにも長い月日を経て帰ってきました。帰ってきたんです。
M1 トレンディガール
M3 紅の詩
M4 大人はわかってくれない
M6 HOT UP
エビ中のセットリストは非常に新しい曲が多いものでした。懐かしい曲も嬉しいのですが、新しい曲が聞きたいとも思っていたので素直に良かったなと。張っていた新曲とは全く予想が外れましたが。大人はわかってくれないの集団匍匐前進が、非常に懐かしく感じました。別に示し合わせてやったわけではなく自然発生的に生まれるこういった行動や現象に野外ライブの面白さが詰まっていると個人的には思いました。
というかエビ中ももクロより持ち時間10分少ないはずなのに曲数一緒なんですね……ももクロMCの時間めっちゃ長かったから……。
懐かしい人とも新しい人ともライブを見れて至福の一時でした。いまだに残る全身の筋肉痛が、袖ヶ浦でのももクロを、エビ中を、思い出させてくれます。
ライブ終了後のそろばん。覚えてないけど、たぶん5回くらいは投げていたと思う……。
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戻ってきた俺の魂。
そろばん。
学生最後の年に、あの時の自分を取り戻すことができて本当に良かったと思います。今の現場のレギュレーションには到底見合わないので、野外フェスでしかこうして自由にライブを見ることはできないでしょうが、2019年に氣志團万博に行けたこと、あの場に居合わせたことそれ自体に価値があったと思います。
ライブの感想……といっていいのかわかりませんが、まあこんなところです。
昔の自分と今の自分のいいところを取り入れて、来年以降はもっと楽しみたいですね。氣志團万博、また必ずお邪魔します。